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2010年12月16日の2件の記事

2010年12月16日 (木)

都条例賛成は「声無き多数派」に配慮らしい

「声無き多数派」って何だ。エロ漫画叩きってむちゃくちゃ声大きいやん。
サイレント魔女リティを思い出すな。

都青少年条例:民主「世論」に配慮 出版業界、根強い反発 - 毎日jp(毎日新聞)
過激な性描写の漫画やアニメとどう向き合うべきかで論争が繰り広げられてきた東京都の青少年健全育成条例の改正案は、出版業界や漫画家らの激しい反発にもかかわらず成立した。最大会派の民主は6月の都議会で反対して改正案を否決に追い込んだが、今回は、子を持つ親ら「声無き多数派」(幹部)への配慮を優先させて賛成に回った。【石川隆宣】
(略)

そして、この規制により
アキバ連続殺人犯の加藤のような境遇がまた大量に量産されるのだ。

アキバ加藤の状態を増やす東京の条例政策: らき厨
http://alfalfalfa.com/archives/396589.html
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/f59215dad124e3aa7f17edc0397d9b6d
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1171.html


↓こんな態度の連続で、声なき声の多数派に配慮って、大嘘もいいとこだろ。

[mixi] てんさん | 青少年育成条例12/9都議会総務委員会傍聴
(略)
公明党の谷村理事が、とにかく横から野次や罵倒、チャチいちゃもん。失言人格否定の嵐。
民主の花輪議員が耐えかねて「黙れよ!」と発言すると、「誰に向かってものを言っているんだ!」。
ではこの花輪議員がきちんとお話を聞いているのかと思えば、基本的にはちょいちょい失笑、中盤からはなにやら熱心に書き物をはじめ、顔を上げることも聞き入ることもないためこれは明らかに別件の内職をされている感じ。
他の議員さんも、大体は失笑、あくび、ため息・・・。

これが、都議なのかと思いました。


内容については私には難しいところも多かったのですが、思ったところを抜粋。
(言い回し等、記憶ですので差異があります)


「私も子持ちの母ですが、悪影響と判断したのであれば、それは家族間できちんと話合う場です。
 何でも安易に規制して子供の目に触れさせなければいいという考えは、家庭介入ではないでしょうか」
→ざわ・・・\家庭介入(笑)/\家庭介入(笑)/ざわ・・・

・・・なにがおかしかったんでしょう?おかしな部分があったのでしょうか?


「出版関係者など、業界との話し合いを何故しなかったのですか?」 
→「各種業界や関係者に十分な話し合い・理解を得た上で案を提出している」

思うに、私や周囲業界人をはじめ、一般都民すらほとんどこの法案の全貌を知らないが、大丈夫か?


「世界観も時代背景も様々な二次元を実際の刑罰法規に照らし合わせるのは不可能ではないですか?」
→ざわ・・・\極論だよ/\これだから・・・/ざわ・・・

・・・・・・。


「実写等が規制外なのは何故ですか?」
→「小説は人によって色々な解釈がある。漫画やアニメは誰が見ても同じ。
 また、誇張が激しく実写よりも性的欲望を刺激しやすく不健全」

(゜Д゜)

「実写の方が性的欲望を刺激しやすくありませんか?」
→なにやら難しい言葉を唱えている。条文を読み上げているようだ▼


「そもそも新たに法案に乗り出すにはそれ相応の理由が必要です。発端はなんなんですか」
→「年々のPTAを含む6042名の署名、その後創価学会の署名運動により4万4千人の署名が集まり乗り出しました」
「本件に対し業界や出版社から約15万8千件の反対表明や意見が集まっておりますが」
→\そんなの関係ないよ/
(略)


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アキバ加藤の状態を増やす東京の条例政策

「死への恐怖ない」秋葉原事件公判で加藤被告 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

加藤母のしていた教育の過去からすれば、死の恐怖くらいなくなっても不思議はない。今回の都条例により、更に加藤の境遇が量産されるんだろうな

■加藤母のしていた教育
・宿題の作文は一字でも間違えたり汚い文字があると、
 部分的修正ではなく原稿用紙丸々書き直し
・子供が欲しいものは申請させて全部チェック。買ったら感想文。
 誤字脱字があれば全部書き直し
※最終的に物を欲しがらない良い子に
・テレビは基本見せない。ドラえもんとまんが日本昔話だけを許可
※加藤は周りの友達がエヴァとかみているような高2時代までこの方針
・賢い子にするため、漢字の熟語の問題だして十秒カウントダウン。十秒以内に答えられないとビンタ。
 痛くて泣くと次の設問で泣きながら正解だしても泣き声うるさいのでビンタ。
・ゲームは土曜日に1時間。
・漫画&雑誌は論外。
・友達を家に呼ばせない
・彼女厳禁
※加藤は中学の時の賢さと運動神経のピークで彼女できそうだったので、母親が別れさせた。
 彼女の家に乗り込んで「お前勉強の邪魔」と怒鳴る。
・母親が機嫌悪いときは晩御飯を床にぶちまけて子に食わせる。
※父親は助けない。弟は横目でみてるだけ。
・極寒の青森で下着姿のまま子を家の外に閉め出す。近所の人が「もう勘弁してやって」と来ても放置

http://alfalfalfa.com/archives/396589.html

「秋葉原通り魔 弟の告白」(前編)より-(1)捨てられた兄と救われた弟 -あなたの子どもを加害者にしないために


秋葉原殺傷事件 亡くなられた方のご冥福と、傷を負った方の一日も早い回復を心より祈って(1) - 来栖宥子★午後のアダージォ
(略)
母は常に完璧なものを求めてきました。原稿用紙に作文を書くときに一文字でも間違えたり、汚い字があると、書き直しです。消しゴムなどを使って修正するのではなく、途中まで書いたものをゴミ箱に捨て、最初から書き直しになります。書いては捨て、書いては捨ての繰り返しで、一つの作文ができあがるまでに1週間近い時間がかかるのが常でした。良い教育が良い将来に繋がると信じる母の愛は、過剰な形で私たちに与えられました。
 また自由にモノを買うこともできませんでした。私もアレも小説を読むのが好きだったのですが、、本を自由に買うことはできませんでした。本を買う際は何がほしいかを伝える必要があり、さらに読んだ後に読書感想文を書いて母に見せなければなりませんでした。
 本だけではありません。ほしいモノがあったときは常に母に許可をとる必要がありました。だから、私はモノをほしがるということ自体なくなりました。
 一般的に、母親というものはヒステリックなものだと思います。母も同じで、怒るのは主に「テストの成績が悪い」といった、成績に関することです。そこから「口のききかたが悪い」「態度が悪い」と論点がずれていって体罰にエスカレートすることもありました。
 犯人は、母が「より優秀な弟を自分よりかわいがっていた」ということを供述しているようですね。成績に関しては私のほうが優秀だったので、たしかにアレのほうがよく怒られていたかもしれません。
 アレが中学1年の時のことです。その日の夕食も、家族が無言で食卓に付いていました。なぜそうなったのかは忘れてしまいましたが、食事の途中で母が突然アレに激昂し、廊下に新聞紙を敷き始め、その上にご飯や味噌汁などその日の食事を全部ばらまいて、
「そこで食べなさい!」
 と言い放ったんです。アレは泣きながら新聞紙の上に積まれた食事を食べていました。私は食卓の上の食事を食べながらそれを横目で見ていました。そのときは父も黙っていました。
 女の子の年賀状が冷蔵庫に貼られ
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(編集部)加藤容疑者の弟は、テレビのニュースで兄の姿が映るたび、しばしうつむいて、体を震わせた。やはり「兄があの凶悪事件の犯人である」という現実に向き合うことは、彼にとってまだ受け入れがたいところがあるようだ。
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  "オタク殺人者"などと犯人は呼ばれていますが、子供のときは、「オタク」と呼ばれるような要素は皆無でした。テレビは1階に1台ありましたが、見るのは禁止でした。許されていた番組は『ドラえもん』、『まんが日本昔ばなし』だけです。私は中学2年になるまでこの二つの番組しか見たことがありません。テレビを見る習慣は家庭内にはなく、ニュースさえも見ませんでした。
 ゲーム好き、という報道も多くありますが、アレが家にいるときにゲームを長時間している姿を見たことはありません。ゲームは土曜日に1時間だけでというのがルールでした。家にはプレイステーション2がありましたが、アレが最初に買ったのは「グランツーリスモ」、次に買ったのが「バイオハザード」。中学の卒業文集に出ていた「テイル オブ デスティニー」は3番目に買ったものでした。また、マンガや雑誌なども読んだことがありませんでした。今でもマンガや雑誌を読む習慣はありません。
 さらに、友達を家に呼ぶことも友達の家に行くことも禁止されていました。友達を呼ぶことが禁止されていたのは、「お菓子をあげるのがめんどくさい」「ゲームをやられるのが嫌い」というのが理由のようです。ただし、特別扱いの友人が犯人に一人、私には二人いました。犯人は小学生のときに、その一人だけを家にあげています。私は中学時代に二人、家に友達を呼ぶことが許されました。
 <俺のモテ期は小4、小5、小6だった>と犯人が犯行直前に掲示板に書き込んだことが報じられています。確かに、勉強はできましたし、スポーツ万能でした。何より足が速かった。良い意味で目立っていたので、モテていた可能性はあります。しかし、母は男女の関係に関しては過剰なまでの反応を見せました。アレが中学生のときに、クラスの女の子から年賀状が来たことがありました。そこには「好き」というようなことが書いてあったと記憶していますが、なぜかそれが、見せしめのように冷蔵庫に貼られていました。
 中学1年のとき、私にも、女の子から同じようなハガキが来たのですが、食事のときにバンッとテーブルにたたきつけて、
 「男女交際は一切許さないからね」
 と言いました。異性という存在は、徹底的に排除されていました。テレビを見ないせいもありますが、女性アイドルの名前と顔など一度も覚えることはありませんでした。だから、事件と秋葉原を結びつけるような報道には、どうにも納得ができないんです。
 徹底的な管理が家庭内では行われていましたが、犯人と私が通った中学校も、また奇妙なところでした。そこの教員たちの教育はまるで軍隊のようでした。アレは中学時代にテニス部に所属していました。私も中学時代はテニス部でした。そのテニス部の顧問だったAはいわゆる熱血で、
「何のためにテニスをやっているんだ」
 と、生徒を横に並べて叫びました。生徒もそうした教育に"洗脳"されていたので、問いかけられた生徒は決まって「勝つためです」と声をそろえます。Aは私の担任でもありましたが、合唱コンクールなどで声が低く音程が合わない人間がいると、
「やる気がないならやめろ!」
 と大声をあげ、生徒は、
「やめません!やらせてください!」
と誰しもが答えていました。まるで軍隊のような感じで、それが当たり前のことと思われていました。生徒の個性などというものは存在さえしませんでした。
アレと私は3学年離れていますが、アレが在校したときの教師陣と私が学んだ教師たちは一緒です。当時の私と犯人は、家でも学校でも厳しく管理されていたということです。
(略)

話は変わるが、アキバでオタが被害にあったので
オタを規制しだすのって何なんだろうな

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